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世界が注目する京都観光の大本命・清水寺!その愛されるわけとは?

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日本特有の文化が色濃く残っている京都。世界中から観光客が多く訪れています。その中で最も人気のスポットが清水寺です。ずばりその魅力に迫っていきます。

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数多くの世界遺産を有する京都の中でも、最も有名なお寺といえば清水寺です。日本では、思い切ったことを行う時に「清水の舞台から飛び降りる」ということわざを使いますが、実際に「清水の舞台」に立って眼下に広がる景色を見渡そうと、日本人のみならず世界中の観光客がこのお寺に訪れています。

清水寺の歴史

起源は778年

清水寺建立の起源は、778年にまでさかのぼります。建立までのストーリーに関わる主な登場人物は、平安時代の僧侶・延鎮(えんちん)と、征夷大将軍の坂上田村麻呂です。ある日、夢のお告げに従って音羽山中の滝にやってきた延鎮は、そこで長年修行をしていた僧侶に出会います。その僧侶の遺命によって、延鎮が千手観音像を安置した場所が、清水寺の起源であると言われています。

『枕草子』にも登場する

その2年後、のちに征夷大将軍となる坂上田村麻呂が、妻の安産祈願のために鹿を狩るべく音羽山まで訪れます。そこで延鎮と出会った坂上田村麻呂は、延鎮から殺生を戒められ、観音の教えを受けます。深く感銘を受けた坂上田村麻呂は、仏法に帰依(きえ)し、この地にお寺を建立したのです。
 観音の力によって蝦夷遠征(※注1)を成功させた坂上田村麻呂は、伽藍(※注2)を拡大し、観音のご加護に対して感謝を示したと伝えられています。
 都に近いことから、この観音の力はすぐに民衆に広まり、観音の縁日の18日には堂内が混み合って騒がしいと、日本で最も有名な随筆である『枕草子(著:清少納言)』に書かれているほどです。


注1:日本の古代時代に朝廷が行った蝦夷(えみし)に対する征討のこと。蝦夷とは、中央政権から見て東方や北方に住む人びとを異端視した呼称。

注2:寺院の建物の総称。

幾多の戦争に巻き込まれる

一方で、清水寺は建立から今日に至るまで、伽藍を失うほどの天災や戦災にしばしば遭っています。戦災の理由の1つとして、清水寺が京では珍しく法相宗(ほっそうしゅう)の寺院だったことが挙げられます。法相宗の本山である興福寺は、比叡山と対立し、僧兵同士の衝突を繰り返していましたが、清水寺もその争いに巻き込まれたのです。1469年には、応仁の乱(※注3)によって伽藍を消失しています。


注3:応仁元(1467)年に発生した、8代将軍足利義政の継嗣争いなどが主因の内乱。室町幕府官僚の細川勝元と室町幕府侍所所司の山名持豊ら有力守護大名が争い、九州など一部の地方を除いて全国に拡大した。

廃寺になっても不思議ではない、そうした災難から繰り返し復興できたのは、清水寺の観音を信仰する数多くの支えがあったからだと言えます。応仁の乱による焼失から再建するための最も尽力したのが、時の将軍足利義政の妻・日野富子でした。そうした権力者のみならず、無数の庶民も清水寺の伽藍のために喜捨(※注4)したことを忘れてはいけません。なお、現在の伽藍は江戸幕府3代将軍徳川家光と、後水尾天皇の中宮・東福門院の援助によるもので、1631年から3年かけて三重塔や本堂が再建されました。


注4:寺院のために寄付すること。

清水寺のオススメポイント

なんといっても、懸け造りの<清水の舞台>

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清水寺一番の見所は、なんといっても「清水の舞台」です。本堂の中にあるこの舞台は、崖から前に迫り出す建て方で、「懸け造り(懸崖造り・舞台造り)」と言います。山地にある多くの霊場寺院が用いている建て方ですが、清水寺のそれは規模の大きさと優美さが傑出しています。舞台を支える柱は、最長で12メートルあり、舞台の広さは約190平方メートルあります。この大舞台に立てば京都市街を一望できる、絶景のスポットです。

圧巻のライトアップ!1500本の夜桜風景

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また、清水寺の境内には約1,500本の桜、約1,000本の紅葉があり、春と秋のそれぞれの季節で舞台から見える景色がガラリと変わります。春と秋には夜間のライトアップが行われ、昼間とは一味違う幻想的な本堂を眺めることができるでしょう。

33年に一度だけ公開されるご本尊「清水型観音」

清水寺のご本尊(ほんぞん|※注5)である十一面千手観音像が祀られているのは、本堂の最も奥に位置する厨子(ずし|※注6)の内部。ご本尊は、三十三身して民を救うという「観音経」の教えにのっとり、33年に一度だけ御開帳されます。近年では、平成12(2000)年に通常の御開帳、平成20〜21(2008〜2009)年に特別に御開帳されました。一般的な千手観音像と違い、左右の腕を頭上に高く挙げて化仏(けぶつ)を戴くお姿は清水寺独自のもので、「清水型観音」と呼ばれています。

注5:寺院などで、礼拝の対象として安置される最も主要な仏・菩薩 (ぼさつ) 像。
注6:仏像などを中に安置する仏具の一種。

縁結びスポットも

一方で、本堂北側には縁結びで有名な地主神社があります。ここは、江戸時代までは清水寺の鎮守社(※注7)でした。縁結びのご利益を求めて、多くの若い女性やカップルが訪れる人気のスポットとなっています。また、清水寺へとつづく清水坂沿いには、多くのお土産屋や食事処が立ち並んでいます。お土産を探すもよし、お腹を満たすのもよし、着物をレンタルしてお寺を散策するのもよし。数百年前にタイムスリップした気分で、清水寺をまるごと楽しみましょう。


注7:寺の鎮守のために建立された神社。

構内を散策してみよう

天に向かって大きく口をけある!?仁王門

お土産屋や食事処でにぎわう清水坂を登り切ると、目の前に飛び込んでくるのが天に向かって大きく口を開ける一対の狛犬と朱塗りの仁王門です。仁王門の広場北側には馬駐(うまとどめ)という、かつて公家や武家が馬をつないだ馬舎が遺構として残っています。馬駐で馬をつなぎ、その先は徒歩で参詣したと言われています。こうした遺構から、かつてこの場所に訪れた侍の姿を思い浮かべるのも楽しみ方の1つです。

随求堂

仁王門をくぐると、見渡す限りの重要文化財が立ち並びます。しばらく進むと、随求堂(ずいぐどう)という随求菩薩を祀るお堂が見えてきます。この堂では、随求菩薩の胎内に見立てた「胎内めぐり」(参拝料と別に100円必要)を体験することができます。これは菩薩の胎内を巡ることによって、生まれ変わるという趣向です。真っ暗な堂内を、壁に巡らされた数珠を頼りに進んでいくと、暗闇に梵字(ぼんじ|※注8)「ハラ」と書かれた随求石が浮かび上がります。この石を触るか回すかして祈願し、再び暗闇の中を出口に向かいます。

随求堂は、かの有名な豊臣秀吉が跡継ぎ出産の祈願により寺領(※注9)を寄進したことでも知られています。また、秀吉は清水観音への信仰が篤く、母の大政所の病気平癒を祈願した願文が今でも記録として残っています。内容は、「3年でも2年でも、それが無理なら30日でもよいので延命してほしい、成就すれば一万石を寄進する」というものでした。実際、大政所の病気は平癒し、願文どおりに寺には一万石が寄進されたと言われています。

日本最大級の三重塔

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随求堂の右手には高さ約31mの日本最大級の三重塔がそびえたちます。さらに境内を進むと、寺の本願主である坂上田村麻呂とその夫人の坐像を祀る田村堂があります。拝観券売り場を経ていよいよ本堂に入ると、外陣にはお待ちかねの「清水の舞台」が現れます。その舞台に立った心地と、眼下に広がる景色は、きっと生涯の思い出になるでしょう。のちに触れる「清水の舞台」のさまざまな逸話を通して、歴史に思いを馳せてみるのもお寺巡りの醍醐味です。

撮影ポイント

本堂を出て東に進むと、釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院の三堂が北から南へと並びます。最も南に立つ奥の院は、本堂と同じ懸け造りが特徴です。この堂の舞台からの眺めも絶景で、境内随一の撮影ポイントです。本堂東側の石段を下ると、流れ落ちる三筋の清水に出会います。これが、延鎮が水垢離(みずごり)の修行をし、「清水寺」の名の由来となった音羽の滝です。延命水、金色水とも呼ばれ、健康長寿、学問、縁結びなどのご利益があるとされています。このなかで特に縁結びに興味のある人は、本堂東側の石段を降りる前に、本堂北側にある地主神社に立ち寄るといいでしょう。

※注8:仏教の伝来と共にインドから伝わった文字。
※注9:寺の所有する領地。
※注10:神仏に祈願するときに、冷水を浴びる行為のこと。

清水の舞台から飛び下りれば、極楽に行けるという思想

有名な「清水の舞台」には、さまざまな言い伝えや実話があります。清水の舞台から見渡せる美しい景観は、観音菩薩の住まう、いわゆる楽園だと称されました。

平安後期の日本は末法思想(※注11)が浸透し、清水の舞台から飛び降りれば極楽浄土へ往生できるという考え方が広まりました。この行為は次第に心願成就(※注12)へと変化し、病気の治癒や、家族の健康などを願う民間信仰として続いていったと言われます。

飛び降りることがすなわち祈願の強さを示す行動だとされ、江戸時代まで流行したそうです。かの有名な十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも、清水の舞台の話題が登場します。この風習も、江戸時代から明治時代にかけて出された数度の禁止令によって次第に沈静化してゆき、舞台の周りには防止用の竹矢来が組まれました。

『清水寺成就院日記』という文献には、1694年から1864のうち、欠落部を除く148年分の飛び降りの記録が残っています。この期間に234人が飛び降り、生存率は約85%だったということです。

こうした言い伝えやエピソードが現代まで息づき、清水の舞台は今でも日本人にとって特別な場所として位置づけられているのでしょう。

※注11:平安時代後期に流行した仏教の歴史観。釈迦の死後、2000年を経ると末法の世となり、仏法が衰えて世の中が乱れるという思想。
※注12:神仏に心から祈ると願いは叶えられるということ。

インフォメーション

アクセス

JR京都駅から
京都市交通局(市バス)206系統・東山通北大路バスターミナルゆき、100系統清水寺祇園 銀閣寺ゆきで五条坂下車、徒歩10分[運賃:230円]

阪急電鉄 河原町駅(四条河原町)
京阪電鉄 祇園四条駅から

京都市交通局(市バス)207系統・東福寺・九条車庫ゆきで清水道下車、徒歩10分[運賃:230円]

京阪バス83・85・87・88・88系統などで、清水道または五条坂下車、徒歩10分[運賃:230円]

京阪電鉄 清水五条駅から
徒歩約25分

京阪電鉄 七条駅から
京都市交通局(市バス)206系統・東山通北大路バスターミナルゆき、100系統清水寺祇園 銀閣寺ゆきで五条坂下車、徒歩10分[運賃:230円]

データ

住所:京都府京都市東山区清水1-294
電話番号:075-551-1234
営業時間:朝6時より開門。閉門時間は季節により異なる(17時半〜18時半)。また夜間特別拝観の期間中は、通常拝観を一旦終了し、再度開門する。詳しくは、公式HP(下記)の拝観時間を参照。
拝観料金:300円、随求道(胎内めぐり)100円。(春・秋のライトアップ時の特別拝観400円。春・秋の成就院庭園の特別拝観料600円)
定休日:なし

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